毎日新聞が、今日もこりずに印象操作の記事を載せました。
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しあわせのトンボ:現在・過去・未来の視点で=近藤勝重
ある朝、起きようとすると、周囲がぐるぐる回転している。目まいである。病院へ行く。CT検査も異常なく、「精神的な疲れでしょうね」との診断で、ひと安心する。
しかし、どんな病気も過去があり、未来がある。現在の症状だけで安心していてはだめだと思ったのは、その4年後、がんになったからだ。
目まいはがんの予兆だ、などと言っているのではない。大したことはなさそうに見える症状も、体の変調、とりわけ健康を保つ自律神経の不調を示すものであれば、心身のSOSと判断して、体調を整えるべきだと申し上げたいのだ。
がんは十数年かかってその姿を現してくるとか。ぼくの場合の目まいは、ストレスで自律神経がやられていたせいと後でわかったが、同時に免疫力が低下していたこともがんの発症につながったようだ。
病気にかぎらず、物事は現在の状況、その状況をもたらした過去の背景、そしてこれからどうなるという未来という流れでとらえたいものだ。ぼくらはややもすると現在のことのみに関心を向けがちだが、それでは現在すら正しく把握できないのではなかろうか。
目下、新首相の麻生太郎氏がクローズアップされている。人柄が明るくて総選挙の顔になる、などと言う向きもある。しかし政治家でチェックすべきは、まず第一にどんな思想の持ち主かで、それには過去の言動はおさえなければなるまい。そしてその思想は未来にどんな意味を持ってくるのか。そこがポイントであろう。
映画や小説などを鑑賞する時だってその作品以前、以後を見る目が必要だろう。宮崎駿監督の劇場版アニメ「崖(がけ)の上のポニョ」は、手描きや子供のストレートな言葉とともに表現された素朴さの魅力が評判だが、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」という流れの中でみれば、その味わいも増し、次作への期待もふくらむに違いない。
ぼくらはすでに対立的な二元論の限界に気付いている。善人の中にも悪があり、悪人の中にも善はある、といったぐあいに、複眼で物をとらえる素養は持ち合わせている。
それに加えて、物事を現在−過去−未来でとらえる目を養うことができれば、たとえばの話、一国のリーダーたろうとする人物を見た目の印象だけで語ったりはしないだろう。(専門編集委員)
毎日新聞 2008年10月1日 東京夕刊
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癌については、近いうちに詳しく書くつもりですが、この記者の癌に対する認識が大いに誤謬を含んでおります。
癌と言う病気は、ある日突然発症するものではありません。実は、癌細胞は毎日貴方の身体で生まれています。今日食べた秋刀魚のオコゲか、久しぶりに吸ったマイルドセブンか、紫外線に強く浴びすぎたのが原因なのかもしれません。日々、貴方の身体で癌細胞は生まれます。しかし、安心してください。細胞の一つが癌化しても、通常は周りの免疫細胞が処理してくれます。
それでも癌細胞は、免疫細胞の手を逃れ、少しづつ数を増やし、10年、20年かけて癌細胞を増やしていきます。そしてある一定の大きさになると、レントゲンなどで発見できるようになります。
この記者は目眩がした4年後に癌になったと書いています。しかし、癌細胞が発見される大きさになるまでに、通常20年ぐらいの時間がかかることを考えると、目眩がした4年前には既に身体を癌細胞が蝕んでいたことは間違いありません。
その意味では、目眩や免疫力の低下が、癌の発症につながったと言う認識は、おかしいと思います。むしろ、癌の進行によって体の機能が劣化していき、目眩や免疫力の低下という症状が現れたと認識する方が、現状に近いのではないでしょうか。
新聞記者に専門外の癌についての認識をどうこう言うのは、揚げ足取りと思われるかもしれません。しかし、この程度の認識は、癌関係の本の2〜3冊も読めば得られる知識です。仮にも、『現在・過去・未来の視点で』と大上段に振りかざすのであれば、事前に調べておくべき知識だと思います。
おそらく自分の経験から得た答が、正解だと思いこみ、調べることを怠ったのでせう。思い込みによるミスというものは、往々にしておこります。そのミスを犯さないためには、常に自分の情報が正しいか、チェックしなければいけません。それは、新聞にかぎらずプロフェッショナルに求められる資質です。この記事を読む限り、素人のBLOGならまだしも新聞記者としては、問題がある態度だと思います。
そして、麻生太郎総理大臣を見た目の印象だけで判断してはいけないと主張しています。
しかしながら、10月3日のエントリーでも指摘したように、毎日新聞は麻生総理大臣の所信表明演説の表現に難癖をつけ、その内容に関しては追求しておりません。
演説の内容ではなく、文章表現だけを取り上げる。見た目の印象だけで判断するのと、どれ程、距離があるのでせうか。
大体、この文章には、麻生総理大臣の具体的な過去の言動に一切触れておりません。そして一読すると、麻生総理は過去の言動に問題がある人だから、注意してみなければいけないと主張しているとしか読めません。印象操作以外の何者でもありません。
私は何度も主張しておりますが、新聞の仕事はまず事実を伝えることです。その上で主張があるのなら、事実を上げ、それに基づいて主張すべきです。自分の主観だけで文章を書くのは、素人がBLOGですることです。
私のこのエントリーを挙げ足とりと思う方がいると思います。
しかし、このコラムが指摘するように、私は『現在・過去・未来の視点で』毎日新聞を眺めているだけです。
毎日新聞の主張を毎日新聞に当てはめることに、どのような問題があるのでせうか。
『現在・過去・未来の視点で』毎日新聞が、いつ自分の言動を認識できる日が来るのか、見守って行きたいと思います。



