2015年11月24日

新嘗祭におもう



患者さんがユニットに座ると、何か一言声をかけるようにしています。
いきなり治療に入るよりも、季節の挨拶程度でもするだけで、患者さんの緊張が和らぐのです。

「新嘗祭が過ぎると、冬という感じがしますねぇ」

年配の患者さんにそう話したところ、顔を綻ばせました。

「先生、懐かしい言葉を使ってくれるねぇ」

新嘗祭は、宮中行事の一つです。その年の新米を最初に食べる行事で、世界的に見れば収穫祭と考えて間違いありません。

……何故、勤労感謝の日などと呼ばれるようになったのかは、理解できません。

戦後に宮中行事と国民の祝日を切り離した際に、同時期に行われるアメリカの感謝祭(Thanksgiving)におもねって命名されたのでしょうが、もう少しどうにかならなかったのかと思います。紀元節を建国記念日、明治節を文化の日とされたことを考えると、そういう祝日が無くならなかったことを感謝すべきなのかもしれません。

ともあれ、新嘗祭と呼ぶ人すら少数派になって久しいです。

患者さんが新嘗祭にまつわる思い出話をしてくれます。どうやら出身校がそういう行事に熱心な学校だったそうで、その頃の話を興味深く伺いました。現在ではその光景はごく一部でしか行われていません。しかし、我々の祖父母の頃には節目の日には皆で休んでお祭りをすることは当たり前のことだったのです。

どうしてこの様に変化してしまったのでしょう。

私はそれが1週間の普及が原因だと思います。

私の母の実家は外房で呉服屋をしております。子供の頃、母の実家に遊びに行くと、当時は土曜日が休みなのではなく、『八』がつく日が休みでした。都市部は兎も角、地方では昭和30年代ぐらいまで1週間で生活を区切る習慣は希薄だったようです。

では『八』がつく日が必ず休みだったかと言うと、そうではなかったそうです。母の話によると、「休みの日に近所の人が押しかけてきて、『今日は休みだからすいていると思ったんだ』と言って買い物をして嫌だった」ということでした。

そういう社会的状況では、皆が確実に休む日が必要だったのでしょう。それが節目の日の役割の一つだったのでしょう。

だから1週間が生活習慣として定着すると、不定期に祝日として休む日の必要性が低下します。そして共同体としての地域社会が崩壊することで祭りの意味合いが低下します。
止めに週休二日制が定着します。

単発の祝日の休みのメリットが低下し、連休のメリットが上昇します。だから、祝日を月曜日に動かすサンデーマンデー法が設立してしまうのです。

私はサンデーマンデー法が大っ嫌いです。医療関係は基本的に木・日休みです。
だから、土曜は休みじゃないんです。
世間様では3連休ですが、私は3連休じゃないんです。

TVやラジオで3連休と連呼されるたびに不愉快になり、気がついたらこんな文章を書いていました。

……とりあえず今日は、新米を買って食べようと思います。



こばやし歯科医院バナー

posted by Jinguzi at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

こばやし歯科医院バナー

人気ブログランキングバナー04

ご協力お願いしますm(_ _)m。